あなたの家が教室になる 暮らしの根っこを育てる授業を行うオンラインスクール

三瓶山(さんべさん)の麓に暮らすこと


都会から過疎の進む故郷にUターンしたら、そこはキラキラした宝の山でした

東京から島根へ
はじめまして。梶谷美由紀です。私は2011年の東日本大震災を機にふるさと島根にUターンしました。
子ども時代を過ごした三瓶山という山の麓への田舎移住ですが、実は私、子どもの頃あまり故郷を好きではありませんでした。山以外は何もない(と当時は思っていた)田舎の暮らしに飽き飽きし、いつか東京で暮らすことばかり考えていた少女時代。でも、久しぶりに戻ってきた故郷は私の記憶とは全く違う場所になっていました。

1-1

 

故郷が変わったのか。私が変わったのか。
とはいえ、町そのものが変わってしまったわけではありません。もちろん、人口は当時の半分くらいになっていましたけどね。景色はほとんど当時のまま。じゃあ、何が変わったのか。
変わったのは、私自身だったようです。山しか「ない」のではなく、そこに山が「ある」のでした。そのままそこにある雄大な三瓶山と、それを取り巻く豊かな自然。そして、一番「変わった」のは、ここに暮らす人たちが丁寧に紡いできた命の営みが見えるようになっていたことでした。

1-2

 

田舎に「ある」もの
震災の時、近所のスーパーが空っぽになりました。お金を出しても食べ物を手に入れることができないのです。都会の弱さを目の当たりにした瞬間でした。そこにある食べ物は、誰かがどこかで作ったもの。その現場は、田舎にこそある。
三瓶には江戸時代から続く牧畜や、火山灰の土地を切り拓いた農業、(蕎麦、米、高原野菜や果物など)小さい町の中で沢山の人々が「生産」に携わっています。そして、イノシシ猟、炭焼き、野草茶づくりなど、そこにあるものをそのまま活かし、暮らしに役立てる数々の知恵があります。
ずっとこの土地で、変わらず続けられてきたこと。一度外に出て、「消費」で全てが回る都会に暮らしたことで、その尊さが見えるようになったのかもしれません。
(三瓶には他にも沢山の魅力があります。一度で書ききれないので、これから順にお話していきますね。)

1-3

1-4

 

都会に暮らしたおかげで、見えるようになったものがあります。「なんにもない」ではなく「~がある」でものを見ると、その良さを再発見できるかも。視点を変えることができるのは、自分の心です。


梶谷 美由紀

シンガー 梶谷美由紀  90年代アニメソングを多く歌う。(美少女戦士セーラームーンSS ED「"らしく"いきましょ」赤ちゃんと僕ED「ルージュになりたい」など)。 結婚出産後はCMソング、ナレーションを中心に活動していたが、2011年、東日本大震災を機に故郷島根県大田市にUターン。 子ども時代を過ごした「三瓶山(さんべさん)」の麓に暮らす。 2015年、三瓶大好きな仲間たちと株式会社necco(ねっこ)を創立、「100年先の三瓶に子どもたちの笑い声を」を合言葉に三瓶を発信中。 311避難者支援団体「311ご縁つなぎネットワークわっかラボしまね」代表でもある。