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三瓶(さんべ)を愛する仲間たち


三瓶をこよなく愛する仲間たちが集うゆるやかな繋がり「さんべ女子会」のこと

三瓶を大好きな女子のゆるやかな集まり
故郷、三瓶(さんべ)にUターンしてからというもの、面白い出会いや再会がたくさんありました。中でも「さんべ女子会」の仲間たちとの出会い。個々には全く別の流れで繋がった友人たちが、「さんべ女子会」という団体で、小さな畑を耕しながら楽しいことをやっていると聞いて、興味津々!のぞきにいくと、いきなりその日が仲間入りデー、という、超ゆるやかな集まりでした。私が仲間に加わった最初の活動は、地域の老若男女で運営するイベントでした。顔を出すなり「漬物切り役」任命(笑)あれよあれよという間に、楽しい繋がりに引き込まれていきました。「さんべ女子会」のメンバーは、生きてきたバックグラウンドも職業も、住んでる場所も全く違う(三瓶とは限らない)、びっくりするほど多様な面々。たった一つのキーワード「三瓶が大好き」で繋がる、ゆるやかな集合体でした。

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地域の老若男女みんなで一緒に作る米作りツアー
そのツアーは、私の育った町の懐かしい人たちが集って企画し、都会からのお客様と米作りを体験したり、三瓶食材のごちそうを囲んで交流するイベントでした。さんべ女子会のお料理だけでなく、私たちの母親世代が運営する地域の婦人会のお母さんたちの昔ながらのお煮しめやおこわ、漬物、とっても懐かしい味のおもてなし。父親世代のおじさま方が炭を起こし三瓶の放牧牛を焼きます。地元の子どもたちも、田植囃子や田植え、稲刈りに参加したり、ツアー客のお子さんたちと一緒に虫や蛙と戯れる。老若男女、まさに町ぐるみのイベントでした。私が故郷を離れている間に、こんな人の繋がりが出来ていたとは!感動を通り越して愕然としたのを覚えています。繋がりが出来たんじゃない。もしかしたら、見ていなかったのかもしれないですね。私の心は、いつもはるか遠い都会を見ていたのですもの。それからというもの、どっぷりですよ…。まさか両親と揃って一つのイベントを運営することになるとは、人生本当にわからないものですね。気づけば今は、ツアーの企画や予算を立てるところまでお手伝いさせてもらっています。
三瓶周辺のイベントがあると、「三瓶育ちの美味しいもの」引っさげて、愉快な仲間で出向くこの楽しさ。この年になって「仲間」なんていう響きは正直おもはゆいのですが、本当に嬉しかった。

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「田植えばやしと三瓶山をバックに、早乙女姿で昔ながらの田植え体験。子どもたちも参加します」

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「三瓶素材のごちそうでおもてなし。参加者は年々増えています」

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「お母さんたちの料理は昔ながらのお煮しめやおこわ、漬物、懐かしい味」

 

株式会社necco(ねっこ)のはじまり
そんな「さんべ女子会」に大きな転機が訪れました。三瓶・西の原という原っぱにたった1軒だけ、私が子どもの頃からそこにあった建物「西の原レストハウス」の灯が消えるかもしれない、という大事件でした。レストハウス、要は休憩所なんですけどね、もちろんお食事処でもありました。大田市の指定管理の建物なので、応募者がなければ、そのまま閉じるしかない、というまさに崖っぷちのレストハウス。皆で悩み苦しみ、指定管理者として応募することにしました。ゆるやかな集合体だった「さんべ女子会」法人化へのきっかけです。今まで通り、「三瓶のいいところ」を発信していけるといいね。せっかくなら、地域の人とかかわり合いながら、三瓶を盛り上げて行きたいね。と、夢を語りながら、単なるゆるやかな任意団体だった私たち、皆で資金を持ち寄り、株主も役員もすべて「さんべ女子会」メンバーの株式会社を作ってしまいました。よく考えたら、無謀ですね(笑)合言葉は、「100年先の三瓶に子どもたちの笑い声を。」大きすぎて気恥ずかしいくらいの夢です。でも、現在すでに学校統合や保育園の閉園など、深刻な過疎化の進む三瓶で、ずっとこの先も子どもたちがのびのびと走り回り成長していく、そんな三瓶を残したいのはみんなの心からの願い。とにかく、始めてみよう、動かなきゃ何も始まらない、と。会社の名前はnecco(ねっこ)。女子会メンバーで、沢山の案を出し合った中、満場一致で決まりました。実は、necco(ねっこ)の名前は、ちょうど東日本大震災の前日、ふわっと私の頭の中に文字ごと降り立った言葉なのです。東京の人工島で、根っこを張る、こととは程遠い暮らしを続けている自分が、なぜか突然、「根を張って生きていくこと」をぼんやり考えたのを覚えています。翌日に起きた東日本大震災で、私たち家族の暮らしは大きく変わることになりました…。その不思議な経験を、女子会の仲間でもある三瓶育ちの幼馴染に話したことから、彼女も「根っこ」にピンと来て…。
大好きな三瓶に根を張りたい。大好きな三瓶で大自然と調和しながら受け継がれてきた、暮らしと文化を、未来に繋ぎたい。これからもずっと、三瓶で、人と人が、人と大自然が、繋がること。できることから少しづつ、木の根っこのように、ゆっくりと、繋がりながら、広がりながら。無謀で凸凹な私たちの珍道中、日々、沢山の気づきをもらっています。今後、お話していけたらと思っています。何はともあれ、素敵な出会いに感謝です!

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「西の原レストハウスの指定管理者としてスタート」

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「100年先の三瓶に子どもたちの笑い声を」

 

ゆるやかな繋がりから、企業へ。三瓶が大好きだから、そしてひとりじゃないから、みんな違うから、できることがあると、信じています。


梶谷 美由紀

シンガー 梶谷美由紀  90年代アニメソングを多く歌う。(美少女戦士セーラームーンSS ED「"らしく"いきましょ」赤ちゃんと僕ED「ルージュになりたい」など)。 結婚出産後はCMソング、ナレーションを中心に活動していたが、2011年、東日本大震災を機に故郷島根県大田市にUターン。 子ども時代を過ごした「三瓶山(さんべさん)」の麓に暮らす。 2015年、三瓶大好きな仲間たちと株式会社necco(ねっこ)を創立、「100年先の三瓶に子どもたちの笑い声を」を合言葉に三瓶を発信中。 311避難者支援団体「311ご縁つなぎネットワークわっかラボしまね」代表でもある。